The DARARSは、東京・大阪・沖縄の3都市に散らばって暮らす4人組バンドだ。新EP「MUNASHI」も、リモート中心の作業工程で仕上げられている。本特集では、このバンドを題材にしつつ、2020年代後半に広がる「物理的に集まらないバンド活動」という制作形態について考察する。
かつての「バンド」の前提
20世紀に形成された「バンド」の理想像には、いくつかの暗黙の前提があった。
- メンバーが同じ都市、可能なら近いエリアに住んでいる
- 定期的に同じスタジオで顔を合わせる
- 練習・録音・ライブはすべて物理的な集合を前提とする
- 密な対面コミュニケーションがバンドの結束を作る
これらはバンドの「普通」として長く共有され、この条件を満たせないバンドは「続かない」と見なされる文化が確かにあった。
変化の契機
こうした前提が徐々に緩み始めたのは、いくつかの要因が重なった結果だ。
1. 宅録環境の民主化
2000年代後半から2010年代にかけて、DAW(Digital Audio Workstation)と高品質なオーディオインターフェースが安価に入手可能になった。自宅で「発表できる品質」の録音ができる環境が、プロ・アマチュア問わず整っていった。
2. データ共有インフラの成熟
高速インターネット、クラウドストレージ、大容量ファイル共有サービス。音楽データを別の都市のメンバーに送るという行為が、ストレスなく日常化した。
3. 生活スタイルの多様化
メンバー全員が同じ都市に居続けることを前提にしない生き方が、ミュージシャンの間でも広がった。別の仕事を持ち、生活拠点を選び、そのうえで音楽活動を続けるという組み合わせが一般化した。
4. コロナ禍の加速
2020年前後の感染症拡大により、物理的な集合が困難になった時期を経て、リモートでの制作手法が全ジャンルで洗練された。対面を前提にしない協働が、必要性からノーマルに変わった。
The DARARSというケース
The DARARSは、このリモート制作時代の1つのケーススタディとして興味深い。
2007年結成時は、メンバーがある程度近い場所にいた可能性が高い(詳細な拠点情報は当時の公開情報から推測)。しかし15年のブランクを挟んだ2026年の復活時点では、高木(東京)、大塚(大阪)、平井(東京)、伊藤(沖縄)という3都市配置になっていた。
このバンドが選んだのは、「拠点を統一する」という選択肢ではなく、「散らばったまま作品を作る」という選択肢だった。メンバーインタビューからも、「リモートで作る」ことを前提として復活のプロセスを設計したことが窺える。
リモート制作で得られるもの
物理的な集合がないことは、単なる制約ではなく、独自の利点も生む。
- 各パートの磨き込み: 一発録りでは妥協せざるを得なかった部分を、何度でも録り直せる
- 録音タイミングの柔軟性: メンバーの生活リズムに合わせた個別作業が可能
- 距離による客観性: 他のメンバーの音を、一度送られてから冷静に聴く時間が持てる
- 個人の技術の成熟: 宅録環境で各自が録音・ミックスの基礎を身につける
リモート制作で失われるもの
一方で、対面のセッションで生まれる要素は、リモートでは再現しにくい。
- 即興的な掛け合い: 他のメンバーの演奏に即座に反応して生まれる瞬間のマジック
- 物理的な音の干渉: 同じ空間で生楽器が混ざり合う音の質感
- 呼吸やタイム感の直接的調整: 言葉にならない身体的な合意形成
- 演奏後の雑談: 音楽以外の時間に生まれるバンド内の化学反応
ライブが残す役割
リモート制作が一般化しても、ライブという形式の持つ意味は逆に大きくなっている。
制作過程では物理的に集合しないバンドが、ライブの時だけ同じステージに立つ──これは、リモート時代ならではの「集合の特別さ」を生む。2026年3月21日のThe DARARSの復活スタジオライブも、その意味で象徴的な1夜だった。15年ぶりに4人が同じ場所に立つ瞬間は、それ自体が出来事として観客に刻まれる。
2020年代後半に広がる「分散型バンド」
The DARARSのような「メンバーが複数都市に散らばるバンド」は、今や特殊ケースではない。日本のインディーズシーンにも、海外活動を並行させるメンバーを抱えるバンド、地方移住したメンバーを擁するバンド、リモートワーク時代に生まれた新しい結成形態のバンドなど、様々な分散型の活動が見られる。
このトレンドは、バンドという形式そのものを更新しつつある。「同じ都市にいなければいけない」という前提から解放されたバンドは、別の豊かさを獲得できる。
まとめ
The DARARSのリモート制作は、単なる制約への対応ではなく、2020年代後半のバンド活動のありかたの1つの答えでもある。散らばった拠点、リモートでのやり取り、年に数回の集合──この組み合わせでも、作品は作れる。むしろ、従来の「バンド」の前提から解放されることで、新しい質感の作品が生まれる可能性がある。
The DARARSのEP「MUNASHI」は、その可能性を示す1つの具体例として、現代の音楽シーンに提示されている。
