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Information 【編集部ノート】「MUNASHI」を繰り返し聴いて見えてきたこと ──20分のEPと1ヶ月の対話

【コラム】ストリーミング時代のミックス論 ──音圧を上げないという選択

音楽配信がストリーミング中心の時代に入って久しい。その中で、ミックス/マスタリングの作法にも、明確な変化が起きている。今回のコラムでは、2010年代後半から加速した「音圧競争からの離脱」という潮流を整理しつつ、本サイトが取り上げているThe DARARSのEP「MUNASHI」がなぜ控えめな音圧で仕上げられているのか、その背景を考察する。

音圧競争とは何だったか

1990年代から2000年代にかけて、音楽業界では「音圧戦争(Loudness War)」と呼ばれる現象が起きていた。楽曲のマスタリング段階で、音の平均音量(RMS値)を極限まで上げる処理が競って行われ、結果として「同じ曲を聴くと、古い録音より新しい録音の方が大音量に聞こえる」という状況が生まれた。

音圧を上げるメリットは明確だった。

  • ラジオ放送やテレビCMで、競合楽曲より目立つ
  • CDジュークボックスやカーラジオで、「ボリュームを上げずに聴きやすい」
  • 店頭試聴機で、第一印象として「パンチが効いて」聞こえる

しかしデメリットも大きかった。過度のリミッティングで音のダイナミクス(強弱の振れ幅)が失われ、「平坦で疲れる音」になる。繊細なニュアンスが消え、音楽の表情が一面的になる。

ラウドネスノーマライゼーションという転機

2010年代後半から、主要な音楽ストリーミングサービスが「ラウドネスノーマライゼーション」を導入し始めた。これは、全楽曲の再生音量を一定の基準(概ね -14 LUFSあたり)に自動調整する仕組みだ。

Spotify、Apple Music、Amazon Music、YouTube──主要サービスがこれを採用した結果、何が起きたか。

音圧を極限まで上げた楽曲は、再生時に音量が自動で下げられる。

つまり、マスタリング段階でどれだけ音圧を稼いでも、最終的にリスナーが聴く音量は他の楽曲と同じに調整されてしまう。しかも、過剰にリミッティングされた楽曲は、音量調整後には「ダイナミクスが無く平坦な音」という印象だけが残る。音圧を上げた分だけ、音が痩せて聴こえる構造になってしまった。

現在のマスタリング方針

この環境変化を受けて、2020年代のマスタリングの主流は、以下のような方向に変化している。

  • 適度な音圧に留める: -9 LUFS〜-12 LUFS程度で仕上げることが増えた
  • ダイナミクスを活かす: 強弱の振れ幅を残し、楽曲の表情を保持する
  • リミッティングは最小限: ピークの抑え込みも慎重に、音のアタックを保つ
  • 楽曲の性格を尊重: 静かな曲は静かなまま、動きのある曲はその動きを残す

結果として、音楽全体の「聴きやすさ」は向上したと言える。同じプレイリストで複数の楽曲が再生されても、音量差による違和感が少なく、各楽曲が持っていた元のダイナミクスが損なわれない。

「MUNASHI」のミックス方針

The DARARSのEP「MUNASHI」を聴くと、この2020年代の新しい方針が明確に採られていることが分かる。

特に「bank3」の低音域の処理は象徴的だ。ローカットを最小限に抑え、低音の圧をあえて残している。これは音圧戦争時代の「低域は削って高域で稼ぐ」という発想とは対照的だ。ダイナミクスを残し、曲の性格を尊重するマスタリング方針の典型と言える。

「ダウジング」に至っては、ほとんどリミッティングがかかっていないような印象すら受ける。録音された素材の質感をそのまま残し、必要最低限の処理だけで配信レベルに整えている。静かな曲は静かなまま届ける──ストリーミング時代ならではの判断だ。

音圧が低いメリット

控えめな音圧でマスタリングされた楽曲には、以下のようなメリットがある。

  • 疲れない: 長時間聴いても耳が疲れにくい
  • ヘッドホン再生に有利: ダイナミクスの振れ幅が体感できる
  • 楽器のニュアンスが伝わる: タッチや表情が埋もれない
  • 小音量でも情報量が保持される: 深夜の控えめな音量でも曲の構造が聴き取れる

聴き手にできること

この時代の楽曲を聴く際には、いくつかの工夫で体験がより豊かになる。

  • 音量を気持ち上げる: 音圧が控えめなので、適切な音量まで上げると本来の姿が見える
  • 良いヘッドホン/イヤホンを使う: ダイナミクスの微細な表現を捉えられる
  • 静かな環境で聴く: ノイズの多い環境では控えめな音圧の作品は埋もれてしまう
  • ラウドネス正規化をオフにしてみる: 一部サービスでは設定変更が可能

まとめ

ストリーミング時代のミックスは、音圧競争から「ダイナミクス尊重」の方向にシフトした。この変化は技術的な調整を超えて、音楽体験の質そのものを変える可能性を持つ。

The DARARSの「MUNASHI」は、その新しい方針で仕上げられた楽曲集だ。音圧を上げずに、曲の表情を残す──この選択は、2020年代の音楽制作の1つの正解として提示されている。